文字を持たなかった上代の日本人にとって、漢字は初めて接する系統的な外国語文化でした。以来、日本人は漢字を使い尽くす工夫を重ね、さらに漢字から仮名文字を創り出して日本語を豊かに育ててきました。その中で中国語文語文法に則り、漢字のみで記述された詩文を、漢文と総称します。この漢文は古代から東アジア地域の共通言語として尊重され、これを用いて膨大な言語文化の体系が構築されてきました。そして日本人は、漢文を日本語文法に置き換えて即座に読み解く「訓読」という世界でも類を見ない翻訳法を創り、自国の言語として有効活用してきました。平安初期に始まっていたであろう訓読という言語活動は、現代に至るまで継承されています。それは漢文の内容的普遍性だけではなく、訓読が持つ力強い訴求性や朗々とした音律性などが現代の口語にはない魅力を今なお保持し続け、日本語の豊かさを根底から支えているからなのです。 本書は、皆さんが漢文に触れて訓読を試みるとき、また訓読を現代日本語に置き換えようとするとき、そこに現れた句法をどのように理解するのが適切かを簡便に確認することができ、なおかつ納得して作品理解に立ち戻ることができるように工夫を施しました。そのために、訓読に用いられる日本文語文法の説明も多く取り入れました。漢文読解の要となる語彙の解説なども入れました。また、漢文を書き記した古人の息吹を少しでも正確にお伝えできるような現代語訳を心がけました。漢文によって蓄積され続けてきた人類の叡智を学ぶ方々の一助となれば、幸いです。 三上英司 |
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