自分が変わる。世界が変わる。

筑摩選書創刊10周年

今年で筑摩選書は、10周年。

斬新な「問い」、切実な「問い」、そして根本的な「問い」……。
すべての知は「問い」に始まると言っても過言ではありません。

筑摩選書は 「ゆっくり、かしこく」をモットーに2010年に刊行されました。

社会が大きく変わりゆくなか、〈現実〉と向き合いながらも、性急に答えを求めたりせず、
読者とともに「問い」を深め、じっくりと考えていけるシリーズを目指してきました。

おかげさまで、今年10月で創刊10周年を迎えます。
これを機に、筑摩選書とゆかりのある方たちにご寄稿いただきました。

筑摩選書編集部

哲学 鷲田清一「思いもしないときに助けられる、そんな恵み」

 選書の目録を眺めていていやでも気づかされたのは、本を読みだしておよそ半世紀、それでも私にはまだ探ったことのない主題がいっぱいあるということだ。科学の世界もきっとそうだろうけれど、知ったことよりも未だ知りえていないことのほうがはるかに多い。というか、問題だなどと思ってもみなかったことが無数にある。だから教養とは広い知識をもつことだなどとは口が裂けても言えない。つくづくそう思う。

 教養にはいろんな定義がありえようが、私がいまいちばん気に入っているのは、内藤正典さん(イスラム地域研究者)のツイッターでのこんなつぶやきだ。《教養って、行き詰まっているときに、どこか思わぬ方角から、光が差し込んでくる、その光の源だと思う》。教養のこの定義、知識を蓄えるとか視野を拡げるとかいった効用を説かず、思いもしないときに自分が助けられる、そんな恵みとして捉えているところが清々しい。なによりも物欲しげでないところがいい。

(わしだ・きよかず 哲学)

大澤聡ほか『教養主義のリハビリテーション』(2018年刊)より

本を読む行為はそもそも会ったこともない著者と対話をすることです ──鷲田清一

大澤聡ほか『教養主義のリハビリテーション』(2018年刊)より ISBN: 978-4-480-01666-9

感染症学 岩田健太郎「コロナの時代こそが主体性の時代」

 改めて拙著「主体性は教えられるか」を再読してみた。2012年刊である。

 本書は今こそ読んでほしい。自分で言うのも何だけど(でも言うけど)、本書はわりと時代を先取りしており、「今、ここ」で読むとかなり腑に落ちるんじゃないか。逆に言えば、発行当初は「ちょっと何言ってんだか分かんない」といった否定的な感想が多かった。

 本書は、日本の教育全般に対する「絶望」の書である。どんなにあがいても、教育現場は学習者に主体性を与えられない。教育者も文部科学省も、本当は学習者に主体的になってほしくないのだから。素直で純真な若者をこそ欲望しているのだから、実は。

 そんな奴は欲しくない、が本書のテーマであった。しかし、ぼくがどうあがいてもどうにもならない、も本書の結論だった。

 それでも。

 我々旧世代が想像できない活躍ぶりを見せる若者はこちらの目論見とは無関係に増えている。コロナの時代こそが主体性の時代だ。密を作らないとは要するに「人と違うことに耐える」ことなのだから。

(いわた・けんたろう 感染症学)

岩田健太郎『主体性は教えられるか』(2012年刊)より

主体性は一見矛盾する二つの行為を同時に行う、大人の態度である。他者の言葉に耳を傾けつつ、他者に流されない態度である ──岩田健太郎

岩田健太郎『主体性は教えられるか』(2012年刊)より ISBN: 978-4-480-01539-6

フランス現代思想 内田樹「「変な武道家」の「変な本」」

 『武道的思考』は筑摩選書の第一巻として2010年に刊行された。ブログや各種の媒体に寄稿した断章を筑摩書房の吉崎宏人さんが編集してくれた。長短のテクストが「武道的」という共通点でとりまとめられている。久しぶりに読み返してみたけれど、「変な本」であった。

 私は道場を開いて、合気道を教えているけれど、私が道場で教えているのは、技術というよりはむしろ生き方である。リスクを回避する仕方、ストレスフルな環境で心身を調える仕方、相手に屈辱感や抵抗感を与えずに場を主宰する仕方などを個々の合気道の技の理合に即してお話ししている。武道というのはフィジカルな危険への対処のみならず社会的に適切なふるまい方までにわたる思想・技法だと私は思っているからである。私が「変な武道家」なのは武道の汎用性を知ることに忙しくて、強くなることにはそれほど興味がないからかも知れない。

(うちだ・たつる フランス現代思想)

内田樹『武道的思考』(2010年刊、現在はちくま文庫)より

どのように生きたいのか。生きることにかかわるさまざまな「訴え」を高い精度で感じするための技法が武道である ──内田樹

内田樹『武道的思考』(2010年刊、現在はちくま文庫)より ISBN: 978-4-480-01507-5

政治哲学 宇野重規「民主主義を使いこなしてみよう」

 『民主主義のつくり方』は思い出深い本です。『〜のつくり方』というタイトルは、いささか軽い響きがあり、最初は内容にふさわしくない気もしました。それでも民主主義についての本となるとどうしても重くなりがちです。そのイメージを乗り越えて、民主主義をもっと気軽に考えてみよう、そして使いこなしてみよう、そのようなメッセージを込めてこのタイトルを選びました。

 民主主義とは一つの民意を選挙を通じて明らかにし、それを実行することだというのが一般の理解でしょう。これに対し、むしろそれぞれの人が、自分の身の回りで社会を変えるための実験をしてみること、それが積み重なって社会全体を変えるという新たな民主主義の像を打ち出したかったのです。

 この本をきっかけに多くの自治体、学校、市民団体に招かれ、お話をさせていただきました。いわばこの本が、新たなネットワークの端緒でした。民主主義の種がますます広がることに期待しています。

(うの・しげき 政治哲学)

宇野重規『民主主義のつくり方』(2013年刊)より

「安易な楽観主義」や古くさい進歩史観を脱却しつつ、それでも民主主義の約束を信じ続けることにしか、私たちにとっての希望はありえない ──宇野重規

宇野重規『民主主義のつくり方』(2013年刊)より ISBN: 978-4-480-01583-9

作家・僧侶 玄侑宗久「『荘子と遊ぶ』で遊ぶ」

 さまざまなご縁があり、これまで多くの本を刊行させていただいたが、書いていてこれほど楽しい本はなかったように思う。PR誌の『ちくま』に連載し、それを選書としてまとめていただいたわけだが、歴史上の人物である荘子や孟子などを小説的にリアルに描くのは格別楽しかった。選書といえば学術的であるべきなのかもしれないが、よく編集者も認めてくれたものだと今更に驚く。その寛大さと遊び好きにあらためて感謝したい。

 しかもまた、この本ほど自分で頻繁に読み返す本もない。おそらく執筆中のテンションがあまりに高く、読み返すことで自分が鼓舞されるのだろう。本をまとめるのは糸玉を丸めるような作業だが、猫のようにジャレてはバラし、また人に戻って気長に丸めている。

 著者自身がそんなふうに遊べる本ができたことこそ記念碑的ではあるまいか。むろん、巻末索引が充実しているお陰は大きい。再感謝。

(げんゆう・そうきゅう 作家・僧侶)

『荘子と遊ぶ――禅的思考の源流へ』(2010年刊、現在はちくま文庫)より

これだけ面白く、しかも人を救済へと導く本は、『荘子』以外にはないだろう――玄侑宗久

『荘子と遊ぶ――禅的思考の源流へ』(2010年刊、現在はちくま文庫)より ISBN: 978-4-480-01502-0

社会心理学 小坂井敏晶「孤独な闘い」

 拙著『社会心理学講義』はパリ第八大学での授業を基に書いた。「こんなの心理学じゃない。哲学を学びに来たのではない」と文句を言う学生もいた。だが、技術的詳細に囚われる現在の社会心理学に心と社会の論理はわからない。忘れてはいけない。我々は人間を理解したいのだ。この書に込めた私の想いを、どれだけの読者が受け止めてくれたのだろうか。

 本書で解説したセルジュ・モスコヴィッシは出生地ルーマニアでユダヤ人として迫害を受け、家族と友人を虐殺された。パリに逃れてからも貧困と孤独、差別・無理解・劣等感に苛まれた。この体験なしに少数派影響理論も社会表象論も生まれなかった。優しい眼差しを湛えながらも、「お前にはわからないよ」と突き放す亡き師の声が聞こえる。

 創造性など、どうでもよい。自らの問いを立て、それに自分はどう答えるか。大切なのはそれだけだ。思索は頭だけで紡げない。腸(はらわた)を切り刻む闘いだ。その意味で本は常に自伝である。

(こざかい・としあき 社会心理学)

小坂井敏晶『社会心理学講義――〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉』(2013刊)より

異質な生き様への包容力を高め、世界の多様性を受け止める訓練を来る世代に施す。これが人文学の果たすべき使命ではありませんか――小坂井敏晶

小坂井敏晶『社会心理学講義――〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉』(2013刊)より ISBN: 978-4-480-01576-1

筑摩選書10周年フェア

 2010年10月に創刊された筑摩選書。

 創刊月の第一巻は、内田樹さんの『武道的思考』でした。以後、毎月1、2点を刊行し(稀に3点)、今年10月で200点を数えます(含『筑摩書房の三十年』、『明治への視点』)。

 創刊10周年を迎える10月は、森岡正博さんの『生まれてこないほうが良かったのか?――生命の哲学へ!』と、山本貴光さんの『記憶のデザイン』を刊行。

 10月中旬から、全国の主要書店で、おすすめの10点を中心に、筑摩選書のフェアを展開します。ぜひお立ち寄りください。

フェア開催書店一覧
フェア書目一覧