とりつくしま 発刊記念対談 穂村弘+東直子 あなたはなにを、とりつくしまにしますか?

 アンケートに「エレキギターギブソンUSAレスポールスペシャル」というのがあったでしょう。
穂村 20代を共にした大切な1本というのね。まあ、形見だよね。なんか形見って、その人のアイデンティティに近いモノほど強力な気がするじゃない。たとえば料理人なら包丁。たとえ息子であっても、包丁は一番弟子の方にこそ持っていていただかないと、オヤジも喜びません、みたいな話になる(笑)。それこそ、ものを通してその人の魂が伝達されるみたいなイメージ。
 そっちのほうに、そういえばぜんぜん思いが行かなかったですね。
穂村 でも、実際に東さんが書いた書き方のほうが明らかにドラマティックでしょう。どんな名料理人でも、どれどれワシの包丁を使ってちゃんと料理が作られてるかなっていうのは、まあ、たいした執着じゃないというか。料理より人でしょう。
 そうなのよね。たとえば好きな人がいて、その人が本当に愛着しているモノにとなると、目線が一緒になって物語がそこで完結しちゃう。
穂村 そうだね。
 だから、見守り系なのかな。故郷の土になりたいって、深いなと思ったけど。
穂村 散骨ね。
 そう、成仏系。ただ散骨はその場で消えるど、家族の血となり肉となりたいって……
穂村 散骨だってメンタリティとしては生命連鎖でしょう、森とか海に撒けとかいうのは。
 そうか。じゃ、食べ物系もそうなのかな。秘蔵のシャンパンとか。ペットもありましたよね。リードとかブランケットになるとか。これがもし、生まれたばかりの赤ちゃんのブランケットというのじゃ辛すぎる気がするけれど。
穂村 ゲゲゲの鬼太郎ね(笑)。
 一反木綿?
穂村 いや、もともとあれ、お父さんは、赤ちゃんだった鬼太郎の目玉でしょう。
 お父さん、鬼太郎の片目だったの?
穂村 とりつくしまが息子の目玉で、かつ、手足も、よいしょって、こう……(笑)。で、鬼太郎を守ってる。奴は強いぞ、逃げるんじゃ、とか言って(笑)。
 手も足も出るところが、違うけど(笑)。
穂村 守りたいから。アンケートを見ると男の人は、家族を守るって感じが多いよね。
 洗濯機とか冷蔵庫とかマッサージ器とか。
穂村 家電系。必ず壊れるのにね、家電なんかは。
 でもずっと残りたいというのは、京都タワーの人ぐらい。傘になりたいという人はちょっと変わってて、傘の感覚を楽しみたいってことなのかな。

穂村 そのほうがいいよ。ぜんぜん違うモノになって感覚を楽しむっていうほうが。すごくテンション上がりそうじゃない。そういうのが1本ぐらいあってもよかったな。鉄ちゃんが電車にとりつくとか(笑)。
 それは楽しそう。
穂村 でも、オタクな夫の一番大事にしているフィギュアにとりつくかっていうと、とりつけないよね。なんか気持ち悪い(笑)。
 うーん。某編集者さんは、だれもアイドルのパンツにはとりつかないんですね、と言ったけど(笑)。
穂村 それはいい意見だと思う(笑)。
 思いもよりませんでした。
穂村 だって基本的に、現世タイプの欲望なんだから、そういうのじゃないとみんな、生きてるとき以下じゃない。アイドルのパンツなら、部分的には生きているとき以上。死中に活を求めるっていうんですか(笑)。俺は死んだ、でも俺の性欲は生きている、みたいな。そうするとちょっと怖さが減るし。
 それなら、穂村さんも……
穂村 納得がいく(笑)。どうやっても生きているときと同じことは出来ないという直感が働くから、苦しいわけよ、モノになってしまったら。
 そうね。ほんと、モノって切ない。自分では動けないし。だったら「名前」は、やや「死中に活」系かも。
穂村 そうね。あと、「くちびる」か。……でも「くちびる」とかは、生きていれば本当はできたかもしれないこと、という、悲しく美しい読み筋があるけれど、アイドルのパンツは生きてたってありえないから(笑)。

(了)