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ちくま文庫

むかし卓袱台があったころ

定価

660

(10%税込)
ISBN

978-4-480-42245-3

Cコード

0195

整理番号

-6-2

2006/11/08

判型

文庫判

ページ数

240

解説

内容紹介

かつての人気テレビドラマ「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」では、卓袱台がもうひとつの主人公だ。食事どきや、団欒に卓袱台を囲み、ワイワイ、ガヤガヤ話し合った。卓袱台は、家族の歴史を知り尽くしている。あのころ確かにあった、家族たちのお互いへの思いや、近隣の人たちとの連帯は、いったいどこへ行ってしまったのか。大切なものの行方を探し、遠い日の記憶の中に佇む。敬愛する山本夏彦氏に依頼され「室内」に連載した随筆からは、真摯で繊細で照れ性な作家の姿が垣間見える。

目次

1(願わくば畳の上で
むかし電話がなかったころ
私はいったい誰でしょう ほか)
2(幻景二題
大礼服を着てみた話
ある秋の一日… ほか)
3(地図の話
日記を書いた日
瓶の中の悦楽 ほか)

著作者プロフィール

久世光彦

( くぜ・てるひこ )

東京生まれ。東京大学文学部美学科卒業。演出家、プロデューサーとして「寺内貫太郎一家」、「時間ですよ」などテレビ史に残る数多くのドラマを制作した。92年「女正月」他の演出により芸術選奨文部大臣質を受賞。作家活動としては94年『一九三四年冬一乱歩」で山本周五郎賞、97年『聖なる春」で芸術選奨文学部門文部大臣賞、98年紫綬褒章など数々の賞を受賞。他に『美の死』『むかし卓稚台があったころ』Fへのへの夢二』『百聞先牡月を踏む』など多数。

この本への感想

 ものごころついた時には卓袱台で食事をしていた。折りたたみの足は立て付けが悪く、ガラス窓をキーキー鳴らすような音が引っ張り出す時にするので嫌いだったが、塗りの悪い表面の塗料に螺鈿のような模様があって、そこを目印にして座るのが好きだった。
 背表紙の卓袱台という文字に吸い寄せられて手にしたような一冊だが、ほかほかの家族というものが織り込まれているのかと思いきや「死」というものが隠れていたり、においが漂っていたりして、久世光彦ワールドの一端を見た気がした。

 両親の世代と著者の世代が同じなので、すでに世を去った両親やその兄弟姉妹からの昔話を聞いているかのようだった。生活をした場所は地方と都市との差はあれ、人と人との間合いが保たれた時代だった気がする。
 変に他家に乗り込まず、壁も作らずといった感じだろうか。 
 丸い卓袱台が家族を一つに構成し、卓についたそれぞれが等しく均等に顔を見ることができ、唯一、父親だけが少し別格だった。

 この作品は久世光彦の幼少から青年時代までが綴ってあり、日本が泥沼の戦争にのめりこむ頃から高度経済成長に突入する前までの年代史的な要素も併せ持っている。
 ふと、昔は近所のお医者さんが自家用車を運転して往診に来てくれたのを思い出した。一通りの診察が終わり、細い針の注射を打たれ、ガラスの小瓶の水グスリのときであったり、後で看護婦さんが届ける粉グスリであったりしたが、お湯を張ったアルミの洗面器で手を洗う先生を布団の中から見ていたのを思い出した。
 最初の「願わくば畳の上で」という作品を読んでいる途中からこの病気の時の光景が現れてきた。
 そして、虚無僧。
 大阪駅前の交差点や巣鴨の参道で立っている僧は丸い笠をかぶっているので恐怖感はないが、時代劇に登場する虚無僧そのままは恐ろしく、玄関口に立たれると早くに帰って欲しいためにしぶる母親にせがんで5円玉を渡すことが多かった。
「ありがとう」のひと言も発せずに踵を返して立ち去る虚無僧をガラス窓の陰から本当に帰っていったのかどうかを恐々確かめていた。

 久世氏はこの作品の中でも書いているが、小さい頃から記憶力が優れていた。
 だからこそ、幼い頃から見つづけてきた変化の細部を余すことなく書き記すことができたのではないか。
 そして、そこから生まれ来る父親の死というものと自身がやがて迎える死とを重ねあわせていっているが、行間と行間に潜む著者の「死」に対する思いを読み取ることができる。
 卓袱台という文字にノスタルジックを感じている暇などなく、過ぎ去った恥ずかしき半生を思い出させる恐ろしいものだった。

佐々木 昇

さん
update: 2006/12/31

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