
どこまでが事実で、どこからが虚構なのか。
これを問うてもあまり意味はない、と示唆していると考えることもできよう。創作は創作として評価すべきであって、モデル探しに意味があるとは思えないとも。だから、これまでわたしは、虚と実とを必要以上に同一視する読みを避けてきた。しかし、近年あらためてヤンソン作品を読みなおすうちに、作品のいたるところに、作者のアルター・エゴが見え隠れする気がしてきた。したがってヤンソンの生涯を語ることは、ひるがえって作品を語ることであり、逆もまた真であろう。と同時に、物語の内的ロジックを分析するさいに、作者の生とからめる解釈のさじ加減に細心の注意を払いたいと思う。虚と実の交わる境界領域にこそ、作者トーヴェ・ヤンソンのひととなりが現われでるかもしれない。
もとより、どんな作家でも大なり小なりそうなのだが、トーヴェ・ヤンソンという作家はとりわけ自己イメージの表象にこだわった創作者ではないのか。そして、それらは子ども時代の家族の表象、というより、きわめて明確な意図をもって再構築され、しかもいかにも無造作で自然な印象を与えるまでに入念に呈示された表象と切っても切り離せないと思う。
なんといっても、ヤンソンが生きた子ども時代の追想なくして、ムーミン谷やその住人たちに生命が吹きこまれることはなかった。よって、まずは虚構のムーミンの家族と実在するヤンソンの家族をかさねることから、ヤンソンの生涯を語ってみたい。(「まえがきにかえて」より抜粋)

トーヴェ・ヤンソンとの交流
1989年8月 ストックホルムの書店でムーミン物語に出会う
1990年2月 トーヴェ・ヤンソンに未邦訳作品を翻訳したいと手紙を出す
1990年3月 ヤンソン来日、ホテルで初対面をはたす
1991年3月 ヘルシンキのアトリエにヤンソンを訪ねる
以降、毎年二度のペースでヘルシンキに行き、アトリエに通う
1991-99年 『彫刻家の娘』、『小さなトロールと大きな洪水』、「トーベ・ヤンソン・コレクション」全8冊、『島暮らしの記録』などを翻訳出版
1999年12月 ヘルシンキのアトリエにヤンソンを訪ねる。これが最後の訪問
2001年6月 トーヴェ・ヤンソン永眠
