本日までご尽力くださった皆様、そして、選考の過程で作品を読んでくださった皆様に、まず御礼申し上げます。作品に心を寄せ、作品について考えてくださった皆様のお陰でこの小説は初めて自由になった、完成を見たと感じています。それが何よりも嬉しいです。
個人的には、沢山のすばらしい物語を世に送り出した栄誉ある賞を頂いて、大きな結果に怯えているのが正直なところです。今後も歩みを止めるなという激励と考えて、真摯に受け取らせていただきます。
常識や正論といった、一種の「物語」を人に強要することの怖さ、息苦しさの渦中に放り込んでしまった登場人物たちのことを、未熟ながらも考え続けた結果が、この小説です。選考過程でお褒めいただいた点は、当然ですが、自覚的に生み出せたものではありません。次はちゃんと書けるか分からないという恐怖も大きいです。ただ、褒められよう、上手く書こう、などという邪心から書いた小説は、皆様にきっとすぐ見抜かれてしまいますし、そもそも書く意味がないと思います。毎日、誠実に何か考え続けるのが、せめて今できることだと自らに言い聞かせています。
作家になるのが、小さい頃から夢でした。いつからかただ作家になるのではなく、たった一人でも、私の言葉で何かが好転する誰かがいるとしたら、その方に届けたいと願うようになりました。自分の物語を振りかざして人を追い詰めるのではなく、読んだ方が少しでも、「こういうのもありなんだ」と息をついてくれる作品を生み続けるのが今の夢です。
書き手として人としての自分の至らなさをよく知っているので、何という傲慢な夢を見ているのかと、常に自己嫌悪しています。しかし、色々な方にご心配やご迷惑をお掛けして、それでも我儘を通して選んだ道ですので、せめてその夢だけは愚直に貫きたいです。
今後を考えるとすぐ、愚直とか誠実という言葉が浮かびます。差し出せるものが、それしかないのです。そうとしか言い様がないので、この場でも使用しました。ただ、その口当たりのいい言葉たちを、自分の無知や未熟の隠れ蓑にしないよう常に自戒し続けることを、最後に皆様の前で約束させてください。
本当にありがとうございました。
伊藤朱里