第32回
2016/06/27
第32回太宰治賞贈呈式は2016年6月15日、銀行倶楽部にて行われ、
受賞者には、記念品及び賞金100万円が贈られました。
6月15日(水)、東京日比谷の銀行倶楽部で第32回太宰治賞(筑摩書房・三鷹市共同主催)の贈呈式が行なわれました。
最初に三鷹市の清原慶子市長が主催者挨拶を行ないました。
このペンネームからだれがこのかわいらしい女性を想像したでしょうか。と、まずは受賞者をみなさんにご紹介。主催者として嬉しいのはいつも選考の場に陪席させていただくことだ、選考委員の先生方は、小説の新人賞の作品を選ぶという責任を全身全霊を込めて果たしてくださっている。そのきびしい選考を経て選ばれた夜釣さんはいま、「選ばれてあることの恍惚と不安」を感じていることだろう。戦後70年経ったいま、夜釣さんは、戦争の記憶を継承するという貴重な試みを小説という形でやろうとしている。決して気負うことなく伸びやかに活動されることを望みたい、と述べました。
次に筑摩書房の山野浩一社長が挨拶。
昨年6月末に社長に就任しました、という言葉に続き、太宰賞について以前より思っていたことを述べたい、と話し始めました。最初にこの賞に関わったとき、純文学の賞かエンタメの賞か、と当時の上司に議論をふっかけたところ、太宰賞は芥川賞や直木賞をとるための賞ではなく並び立つ賞で、エンタメかどうかなんて括りはない、ときっぱり言われた。第29回の贈呈式で荒川洋治先生が「太宰賞は、これが最後の、これを取るのが目標となるような新人賞になったらいい」とおっしゃるのを聞き、上司の言ったことが腑に落ちた気がした。そういうスケールの大きな作家を生み出したいという意欲を持って創設された賞であることをここでみなさんと再確認し、夜釣さんも文学史に名を刻む作家として大成されますようお祈りします、と結びました。
そして、選考委員を代表して奥泉光氏が挨拶に立ちました。
選考の経過については、選評を読んでいただきたい、ここでは僕は夜釣さんの作品の魅力についてお話ししたい、と述べました。そして、近代小説はリアリズムが中心であり、それは現実に似てる、ということだが、似てはいても現実ではないのでどうしても嘘くさくなる。物語を導入すればするほど、嘘くさくなる。小説はフィクションだから嘘なのはいいが、嘘っぽいのはまずい。これをどうするかが大きな問題。三人称で嘘くさい物語を導入しながらどう強度を保つかは僕にとってもずっと課題だった。その意味で、この作品は、物語の毒にまみれながら、全体として複数の語りを組み合わせることでさまざまな声を響かせるという、得がたい小説的達成を成し遂げている。物語を避けず、正面から引き受けて立ち向かう、骨太な力を強く感じた、ひさびさに頼もしい小説家が出てきたと思った、と期待を述べました。
表彰状、正賞及び副賞授与のあと、夜釣十六氏が受賞の挨拶をしました。
へんてこな名前でたいへん申し訳ございません、と述べ会場の笑いを誘ったあと、せっかくの機会なので7~8分ほどお話しさせていただきます、話題は三つ、一つ「太宰治賞への思い」、二つ「受賞作・楽園のこと」、三つ「三鷹市の皆様へのメッセージ」です、と話を始めました。
まず太宰賞は歴代の受賞作・最終候補作が多彩で他では出会えない作品が多いとても魅力的な賞であり、そうした賞を続けるのはコスト面でも運用面でも多大な努力を要すると思われ、1473作品の作者を代表して主催者にお礼を言いたい、と述べました。そして「楽園」は、亡くなった親しい先輩が最後に書いていた小説のタイトルを引き継いで新しい物語を紡いだこと、その先輩の旧友の集まりである「夜釣の会」の仲間16名に1年にわたって助言を受けながら書き上げたことを披露。最後に、三鷹市のHPのトップに「三鷹デジタル平和資料館」というページがあり、他の市町村と比べてその内容も扱いも素晴らしくとても感銘を受けた、戦争の記憶を継承するぎりぎりのいま、こうした試みをしている三鷹市の賞である太宰賞に「楽園」を応募して本当によかったと思う、と述べ、会場から喝采を浴びました。
最後に、中島京子氏による乾杯の音頭で、パーティへと移りました。
*選評と受賞作、それに最終候補作品は『太宰治賞2016』にて読むことが出来ます。