第33回太宰治賞贈呈式は2017年6月13日、如水会館にて行われ、受賞者には、記念品及び賞金100
万円が贈られました。
6月13日(火)、東京一ツ橋の如水会館で第33回太宰治賞(筑摩書房・三鷹市共同主催)の贈呈式が行なわれました。
最初に三鷹市の清原慶子市長が主催者挨拶を行ないました。
今回の受賞者であるサクラ・ヒロさんが、昨年の最終候補者でもあったことに触れ、昨年の贈呈式の会場で「来年もぜひ挑戦してください」と激励したエピソードを披露、今年ふたたび最終候補にノミネートされた努力と才能をたたえられました。そして受賞作について、作中の重要なギミックとして、いま娯楽としての小説のライバルであるソーシャルゲームやSNSを大胆に取り込んで、現代の作品として創作した作者の気概を賞賛し、時代を超えて人間の生きざまを描きつづけてきた文学の拠点として、都立井の頭恩賜公園への三鷹市立太宰治文学館(仮)ならびに吉村昭書斎(仮)の建設計画を発表されました。これらと太宰治賞とあわせて、今後とも太宰と文学を愛する世界中の皆様に、太宰治が生きた街、文学の街としての三鷹へのご支援をお願いする旨、そして、ひとりひとりが文学によって生きる力、ひとを愛する力、信頼する力をたしかなものとされることを心から願います、と述べ、満場の喝采で迎えられました。
次に筑摩書房の山野浩一社長が挨拶。
昨年まで二年間会場として使わせていただいた銀行倶楽部より如水会館に会場を移し、本の街・神保町のお膝元で開催できることを嬉しく思います、という言葉に続き、復活した太宰賞の第15回から第24回までの十年間、選考委員を務めていただいた高井有一氏が昨年10月26日に逝去されたことに触れ、任期の間、事務方として携わり、歯に衣を着せぬ厳しい選評に震え上がりながらも文学に対する厳粛な姿勢と深い愛情を感じたと語り、その大いなる喪失と感謝について述べました。一方、筑摩書房が今年創業77年、人間で言えば喜寿を迎えるにあたり、そもそも太宰治賞の誕生の経緯を探ると、『展望』昭和39年(1964)10月号に「太宰賞だからとて特定の作風を考えているわけではない。清新溌剌、蒼枯沈潜、いずれであろうと個性的で力量ある作家の出現こそ望ましい」と当時顧問の臼井吉見による「太宰賞設立の辞」があり、それで言うと、今回の受賞作はどちらかと言えば「蒼枯沈潜」という趣かとも思いますが、そうわかりやすい作品でもない、感想を自分なりに申し上げると「淡々と、でもしつこい」作品ではないか、との旨、そして、この一年は、『あひる』で芥川賞候補となった今村夏子氏、『Masato』で坪田譲治賞を受賞された岩城けい氏、『ディス・イズ・ザ・デイ』を朝日新聞で連載開始した津村記久子氏、2月に東日本大震災を描いた力作『無情の神が舞い降りる』を刊行した志賀泉氏などなど、太宰治賞出身作家の活躍が目立った一年で、サクラ・ヒロさんもきっとこれに続くこと間違いなしと思われますので、ぜひお読みいただければ、と結びました。
続いて、選考委員を代表して中島京子氏が挨拶に立ちました。
まずサクラ・ヒロさんの昨年の最終候補作『星と飴玉』について、変な小説だけどとてもはじけてて魅力的だったんですが、はじけすぎな部分もあって(笑)、受賞には至らなかった、今年の作品はうってかわってすごく落ち着いて丁寧に書かれた作品だったことに驚かされた、と述べられました。それから具体的に作品について、読みやすいけれども不思議な作品で、加藤(典洋)先生の選評にあるように、急に地下室にこもってしまった妻のことを「まあ、女心とはそういうものなのかもしれない」などと軽く流すあたり、え、ちょっとちょっと、あなたの妻でしょ、と変な感じがしたけれども(笑)、じつはこれが作者の仕掛けで、その後もLINEでだけ会話したり、地上に戻る条件としてゲームをさせられたり、不思議な展開が続くうちに、どうやら奥さんが死産をして、それが夫婦の関係に影を落としているらしいことなどがじょじょにわかってくる。最初は妻がエキセントリックに見えるんだけれども、だんだん本当におかしいのはどっちだ? と続きがどんどん気になってしまう。「信用できない語り手」というのがありますが、この「僕」という一人称が語っていることはどこまで本当なんだと思わされる、とても技巧的に凝った作品です、と読みどころを語られました。
表彰状、正賞及び副賞授与のあと、サクラ・ヒロ氏が受賞の挨拶をしました。
『タンゴ・イン・ザ・ダーク』は一言で言えば、夫婦喧嘩の物語であり、これを書くきっかけとなったのは、我が家の夫婦喧嘩、ではなく(笑)、夏目漱石『道草』を読み返したことだったこと、この大正4年(1915)に書かれた小説には若い夫婦の危うい関係が鮮明に描かれ、愛情と憎しみ、そしてあきらめがミックスされた複雑な心理描写は現代の我々にも通じていると感じたこと、家族の最小単位である夫婦でさえ、十全なコミュニケーションは困難で、古典を繙いても、イザナギ・イザナミの昔から夫婦はずっといさかいを経験してきて、一番身近な他人にさえ想いが伝わらない絶望感は人類に普遍的な感情かもしれず、しかしその上で手を伸ばすことは、とても厳しくつらいことかもしれませんが、安易にわかりあえたふりをするコミュニケーションもどきよりはずっとマシではないか、他者と交わることの困難と可能性を考えながら、『タンゴ・イン・ザ・ダーク』という小説を書いたことを述べられました。それは作中の主人公さながら暗闇を手探りで行く行為にも似た不安と驚きに満ちたものであり、その試みが成功したかはわからないけれども、現時点でのベストを尽くしたとははっきり言えます。ただ、もちろんこの作品を書いたことで満足してはいなく、「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない」という『道草』の高名な結びのフレーズを引きながら、自分もまだこの世界に結着のつかないものがあるかぎり、小説を書き続けていきますと力強く述べられて、盛大な拍手で迎えられました。
最後に、荒川洋治氏による乾杯の音頭で、パーティへと移りました。