#1リズムをしっかりと、ふたたび。
横山雅彦(2021年12月10日 更新)
僕の手元に「NHKラジオ英語会話」の1983年6月号のテキストがあります。講師は、当時の全国の英語学習者が憧れ、そしてロールモデルとした東後勝明先生で、先生は毎月、英語と日本語で巻頭言を書いておられました。1983年と言えば、僕がちょうど大学に入学した年、京都の下宿でこの巻頭言を読んだときのことを、今でもはっきり思い出すことができます。
巻頭言は“Pay Attention to Rhythm”(リズムをしっかりと)と題され、その中で東後先生は「私達にとって最も大切なことは英語の正しいリズムを身につけること」と述べておられます。先生はさらに続けて、夕食の席で“Please pass me the potatoes. ”(ポテトを回してください)と言うときに、potatoesを“kotatoes”や“botatoes”と発音しても通じるが、もしアクセントを間違えてしまったら、たとえ他をどんなに正確に発音しても、相手にはまず通じないだろう、と喝破されます。日本でもっとも美しい発音と言われ、全国のリスナーがアメリカ人やイギリス人のアシスタントの英語より、東後先生の英語を聞きたいとラジオにかじりついたその東後先生が、「発音よりもリズム」とおっしゃった事実は、大学生になったばかりの僕に大きな衝撃を与えました。
それから約40年の歳月を経て、やはり僕も「英語は発音よりもリズムだ」と改めて思います。日本語と英語は、まったく異なるリズムを持っています。日本語のリズムはsyllable-timed(シラブル・タイムド)と言い、すべての音節に等しくアクセントを置くリズムです。たとえば「横山」は「よ・こ・や・ま」の4音節ですから、〈●●●●〉という具合に、4つの音節すべてに同じようにアクセントを置きます。一方、英語はstress-timed(ストレス・タイムド)で、単語なら原則として1つの音節にアクセントを置きます。「よこやま」であれば、第3音節の「や」にアクセントを置き、〈●●●●〉となります。
たとえば、「はし」には「橋」「箸」「端」という3つの意味がありますが、みなさんはこれをどう言い分け、聞き分けているでしょうか。〈●●〉と、すべてシラブル・タイムドに読むということでは、どの「はし」も変わりません。標準語や関西弁で違いはあるものの、非常に微妙な節回し(上がり下がり)で言い分けていることがわかるでしょうか。
あるいは、「おかし」なら、「岡氏」「お菓子」「可笑し(い)」「お貸し」と、4つの意味があります。ここでも、〈●●●〉というシラブル・タイムドのリズムは変わらず、ちょうど声明(節回しのついたお経)や詩吟のように、微妙に語尾を上げたり下げたり、平坦にしたりして言い分けていることがわかるはずです。僕は、いまだに「はし」や「おかし」の違いを文脈抜きで一発で聞き分けられる外国人には出会ったことがありません。
逆に、green houseが「温室」なのか「緑の家」なのか、gold fishが「金魚」なのか「金製の魚(の置き物)」なのか、一発で聞き分けられる日本人はほとんどいないはずです。これらは「形容詞+名詞」が作る名詞句ですが、こうして「句」になっても、英語はストレス・タイムドのリズムを保ちます。すなわち、今度は1語を1音節と見立て、形容詞にアクセントを置いて〈●●〉と読めば複合名詞(「温室」や「金魚」)になり、名詞にアクセントを置いて〈●●〉と読めばそのままの意味(「緑の家」や「金製の魚(の置物)」)になります。
さらに、英語の真骨頂は、ここからです。英語は、語や句だけでなく、文になっても、一貫してストレス・タイムドのリズムを通します。たとえば、『英語のハノン/中級』のUnit 1の最初のドリルを見てみましょう。
I happened to see her when I was visiting the museum.
これを日本人が読むと、すべてのシラブルに等しくアクセント置き、「アイ・ハプンド・ツー・シー・ハー」といった具合に、読経のようなカタカナ読みになってしまいますが、英語なら、次のように2つのチャンク(かたまり)に分け、いわば2語のかたまりのように、ストレス・タイムドのリズムで読みます。
I happened to see her / when I was visiting the museum.
複数の語を1つのチャンク(かたまり)にまとめるために必要なのが、『英語のハノン/初級』のUnit 0で学んだ「英音法」です。たとえばhappened toで「エリジョン」、herで「ウィークニング」、when Iで「リンキング」、visitingで「フラッピング」を使わなければ、これらの語は1つのチャンクにまとまってくれません。そして、こうして英音法でつないだ2つのチャンクを、一気に坂道を駆け下るようにひと息で読み下します(アクセントの置き方は、実際に音声をよく聞いてみてください)。このとき、目が見ているところを読んでいるのでは、坂の途中で足がからまり、転んでしまいます。口が1つ目のチャンク(I happened to see her)を読んでいるときには、目は2つ目のチャンク(when I was visiting the museum)を見ていなければなりません。つまり、意識が先行し、それを口が追っていくのです。
オンラインのスピーキングテストで、苦し紛れにただ「アアーウウアー(●●●●●)」と、ストレス・タイムドのリズムでうなっていたら、正解になっていて驚いた、という僕の学生の実話もあります。それほど、英語コミュニケーションの生命はリズムなのです。
最後にもう一つ大事なのは、英語は「呼気」で話す言葉だということです。「呼気」とは「吐く息」です。発話するときには、まず大きく息を吸い、その息をすべて音に変えて発音します。日本語のように「止息」(息を止めた状態)から話し出したのでは、絶対に英語の音は出せません。
改めて、坂道を駆けおりる自分をイメージしてみましょう。坂道の上で、まず大きく深呼吸します。そして、勢いよく駆けくだりながら、I happened to see herで吸った息を半分、さらにwhen I was visiting the museumでもう半分、the museumですべての息を吐き切って、ゆっくり足を止めるイメージです。
習字にたとえるなら、息は「墨汁」です。筆にたっぷりと墨汁を含ませたら、途中で「墨継ぎ」をすることなく、最後まで気脈を貫通させて書き上げます。「ハノン」のドリルでも、途中で「息継ぎ」をせずにすむよう、最初に大きく息を吸うことを心がけてください。必ずしも大声を出す必要はありません。「呼気」で発音する。英音法は、十分な息があってはじめて、自由に使いこなすことができます。それを忘れないようにしてください。
『英語のハノン/中級』の音声では、映画や現地の街頭インタビューでしか現れないような英音法が、実にふんだんに使われています。英文法の説明の「為に」無理やり作った例文ではなく、英語ネイティブが使っても決して違和感のない例文にこだわり抜いたためですが、その結果、とりわけジャック・マルジさん(男声)において、われわれ著者も驚くような自然な音変化を収録することができました。それらについては、第2回から、中村佐知子先生と交互に、コラムを書いていきます。どうか、ご期待ください。
みなさんが、これから『英語のハノン/中級』で学習を始めるにあたり、僕が大学1年生だった40年前、東後先生の巻頭言を読んだ日のことを思い出しながら、英語のリズムの大切さについて述べてみました。
最後に、僕が高校1年生のとき、東後先生からいただいた色紙にしたためられていた言葉で、この第1回のコラムを締めくくりたいと思います。
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