〈中級〉学習のために

#3一つずつ、一つずつ

横山雅彦(2022年1月11日 更新)

 米大リーグのロサンゼルス・エンゼルスの「二刀流」大谷翔平選手が、2021年11月18日、史上19人目の満票で、ア・リーグ MVPを受賞しました。これを受け、チームメートで自身も3度MVPに輝いたことのあるマイク・トラウト選手は、エンゼルスの公式Twitterに、動画で次のような祝福メッセージを寄せました。
 NHK WORLD-JAPANは、19日に“Otani wins American League MVP”と題して、このニュースを報じ、そこでこのトラウト選手の動画の冒頭部分を引用、次のように文字に起こしています。
 Sho-time! I wanna congratulate you winning the AL MVP. What an unbelievable season you had, as I watched it literally all over again.
 このディクテーションは、下線部が決定的に間違っています。「スポーツ報知」は、このくだりを苦し紛れに「最近全試合を見直したけど」と報じており、やはりNHK WORLD-JAPANと同じように聞き取っていることがわかります。
 トラウト選手が口にしている英語は、実際にはこうです。
 Sho-time! I wanna congratulate you winning the AL MVP. What an unbelievable season you had, it was like watching Little League all over again.
 ショータイム! ア・リーグMVP獲得おめでとう。君はなんて信じられないシーズンを送ったんだ。まるでもう一度リトルリーグを見ているようだったよ。
 つまり、「メジャーにいながらリトルリーグでプレーしているようだった」と、大谷選手の活躍を讃えているのです。なぜ、このようなミスをしてしまったのか、英語が聞き取れないことには、2つの理由があります。
 一つは、英音法です。とりわけトラウト選手のようなアメリカ英語の場合、「フラッピング」が極めて特徴的です(『英語のハノン/初級』p.22参照)。Little LeagueのLittleにフラッピングが起こっているのですが、literallyでも同様にフラッピングが起こりますから、確かにNHK WORLD-JAPANが報じた英文のように聞こえなくもありません。
 実は、このようなときに役に立つのが、英文法なのです。NHK WORLD-JAPANのI watched it literally all over againを直訳すると、「文字通り(まさに)もう一度それを見た」です。当然、itは前文のan unbelievable seasonを指すことになりますが、そもそも、メジャーリーグ最高のスーパースターであるトラウト選手が、よもや1つのシーズンを全部見直すほどヒマなはずがなく、この時点で、この解釈はあり得ないことがわかるでしょう。
 さらに問題なのが、asの意味です。『英語のハノン/中級』のUnit 1およびUnit 2で詳しく説明しているように、接続詞のasには「理由」「比例」「付帯状況」「様態」の4つの主な意味があります。では、ここでのasは、4つのうち、どの意味になるのでしょうか。もちろん、What an unbelievable season you hadの「理由」としか考えられません。しかし、『中級』のUnit 1で説明しているように、asが「理由」の意味になるときは、文末ではなく、文頭に置かれるのがふつうです。つまり、asの用法からも、NHK WORLD-JAPANや「スポーツ報知」が報じたように解釈することは、やはりあり得ません(ちなみに、becauseなら文末で使えますが、このasをbecauseに置き換えてみると、いっそう不自然に感じるはずです。「君はなんて信じられないシーズンを送ったんだ。なぜなら、僕はそれを全部見直したからだ」となってしまいます)。
 意外かもしれませんが、このように正しいリスニングのためには、英文法の知識が必要不可欠なのです(もちろん、瞬時の判断に生かせるほど血肉化されていなければなりません)。
 ここで私たちが肝に銘じておかなければならないのは、このトラウト選手の英語が、アメリカ人なら小学生でも聞き取ることができる単なるツイートだということです。コーヒーを飲みながら、あるいは友達と会話しながら、スマホを片手に造作もなく聞き取っているものです。TOEICの満点取得者や英検1級合格者が、Twitterのビデオ投稿の音声すら聞き取れないという事実、そこに厳然として横たわる巨大な段差を、改めて重く受け止めたいのです。
 『初級』のジェリー・ソーレスさんとダニエル・ダンカンさんに代わって、『中級』ではアニャ・フローレスさんとジャック・マルジさんにナレーターをお願いしています。中村佐知子先生が公式サイトの「〈中級〉を始めるにあたって」で述べておられるように、その目的は「実際に会話で使われている英語との間にギャップを残さないこと」です。とくに、ジャックさんの音声は、教材でありながら、このトラウト選手の英語に極めて近い自然なものです。『英語のハノン/中級』の学習を通し、徹底的に英文法と英音法を練習することによって、必ずこうした本物の英語が聞き取れるようになるでしょう。とはいえ、その道のりは容易なものではありません。先を楽しみに、一つずつ、一つずつ、辛抱強くドリルをこなしていきましょう。
 トラウト選手のビデオメッセージの全文を起こしてみると、次のようになります。
 Sho-time! I wanna congratulate you winning the AL MVP. What an unbelievable season you had, it was like watching Little League all over again. Pitching, hitting, and moving to the outfield late in games. What an incredible season to watch. You know, I’m just happy for you. Enjoy the night, enjoy everything, enjoy everything that comes along with it, and you know, Congrats!
 ショータイム! ア・リーグMVP獲得おめでとう。君はなんて信じられないシーズンを送ったんだ。まるでもう一度リトルリーグを見ているようだったよ。投げて、打って、ゲームの終盤には外野を守った。見ていて、すごいシーズンだったよ。本当に、おめでとう。この夜を楽しんでほしい。すべてを楽しんで、起こるすべてのことを楽しんでほしい。おめでとう!
 最後に、このトラウト選手のビデオメッセージに現れている主だった英音法を見ておきましょう。
I wanna congratulate you winning the AL MVP.
*congratulate youの/t/にエリジョンが起こっています。Nice to meet you.と同じで、/t/と/j/が続くとき、このように/t/を脱落させる(エリジョンを使う)人もいれば、アシミレーションを使って「チュ」のように同化させて発音する人もいます。非常に興味深い英音法です。
What an unbelievable season you had, it was like watching Little League all over again.
*What anにリンキングとフラッピング、season youにアシミレーション、Littleにフラッピング、all overにリンキングが起こっています。
Pitching, hitting, and moving to the outfield late in games.
*hittingにフラッピング、outfieldの/t/にエリジョン、outfield lateの/d/にエリジョン、late inの/t/にエリジョンが起こっています。late inに関しては、トラウト選手が使っているエリジョンより、/t/をフラッピングして発音するアメリカ人のほうが多いと思います。
What an incredible season to watch.
*What anにリンキングとフラッピング、season toの/t/にエリジョンが起こっています。
 すべて『初級』のUnit 0に出てくるものばかりです。つまり、初級の英音法を極めた先には、このトラウト選手の英語があるのです。まさに『中級』の「この本の特長」に書いた「奥技は凡技、凡技は奥技」です。攻撃(スピーキング)こそ最大の防御(リスニング)。自分で発音できれば、必ず聞き取れます。あとは、練習あるのみです。
 NHKスペシャル「メジャーリーガー大谷翔平〜2021超進化を語る」(2021年10月24日放送)で、大谷選手はその想像を絶する努力について、「やれば誰でもできるものなので、続けてやるのは大事かなと思います」と語りました。あの天才中の天才、超天才が、です。大谷選手の「二刀流」に比べたら、英語の習得など造作もないことです。どうかみなさんと一緒に、多くの先人たちが歩いたこの英語の大道を、一歩一歩、「一つずつ、一つずつ」、歩いていきたいと思います。

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