ちくまの教科書 > 国語通信 > 連載 > 「高ため」を黙読する授業第三回(4/6)

「高ため」を黙読する授業

(この連載は、機関誌『国語通信』1996年春号~1999年春号に掲載された文章を転載したものです。)
第1回 わたしのアンソロジー
第2回 密室をつくる
第3回 逆習シール
第4回 テキストを編集する
第5回 モーツァルトへの手紙
第6回 教室に風を入れる
服部左右一(はっとり・さういち)
愛知県立小牧高等学校教諭
元愛知県立小牧工業高等学校教諭
『高校生のための文章読本』編者
筑摩書房教科書編集委員
長年「表現」分野の指導メソッド開発に携わる。

第3回 逆習シール
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4 文例に逆襲する

  「今日は、一五〇ページ二七番の文例を読みます」というように、授業ではその日とりあげる文例を教師が指定する。文例の選択に関して生徒は常に受け身である。選ぶ機会を奪われている。

 読書は本来楽しいものだが、与えられたものを読まねばならないとなると苦痛になる。好きなものを自分で選んで読むという楽しみの源泉がはじめから欠落している。たとえ熱中して読んだとしても、読まされるという被害者意識がいつまでも抜けない。読みはじめる前に体中で感じるワクワクドキドキの期待感があるからこそ読むことの楽しみが倍加する。こうした新鮮な気持ちがあるからこそ、途中で投げ出してしまいたい怠け心も乗り越えられるというものだ。

 一般の人々の読書では当たり前に考えられていることが、学校の授業の中では視野に入っていない。こうした被害者意識をやわらげようとする方策が取られることも皆無だし、また読みたいものを選ぶときの生徒自身の期待感を大事にしようとする試みもなされていない。

 授業となると、とにかく生徒は教師が準備した文例を一方的に読まされることになる。自分で選んで自分で読むという基本形からもっとも遠い地点で行なわれるのが学校の授業の中身と言えそうだ。「高ため」の中から自由に選ばせて、生徒一人ひとりに異なった文例を読ませる授業展開も考えられるが、今のところは文例を一つに絞った方がよさそうに思える。

 そこで、クラス全員が同じものを読むにしても、教師が指定した文例に対して生徒が自分なりに意思表示することができないだろうか。読むことへいざなう一人ひとりの動機、心の奥底の動きを表現する何らかの手立てがないだろうか、と考えてみて、思い当たったのが小学校などでよく使われている学習シールだった。

 用意した小道具は★型のシールだ。文例を読んだ生徒がその文例に対して★型のシールを貼って五段階評価するのである。ノートの項目を一つ増やして⑥までとした。そして、⑥の項目に

  ★ 全然面白くない。読んで損をした。

  ★★イマイチであまり面白くなかった。

  ★★★ 普通である。

  ★★★★なかなかよかった。

  ★★★★★ 非常に面白いから作品全体を読みたいほどだ。

という調子で、一人ひとりが文例をランク付けする。早い話が、旅行のガイドブックに載っているレストランやホテルのランク付けの星印をチャッカリ拝借して、評価を視覚的に表せるようにしたのである。

 そして、名称を逆習シールとした。

 幼稚園では歯みがきをした子どもに先生が歯みがきシールを貼っているし、小学校でも九九や漢字の学習のとき暗唱した段階までシールを貼ったりしている。学習者の意欲を喚起する、進行状況がよく分かるなど、いくつものメリットがあるので、教育現場ではことのほか人気の高い学習シールであるが、この学習シールを生徒側から逆手に取ったのである。生徒が文例に襲する学シールである。短縮して逆習シールとした。

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