ちくまの教科書 > 国語通信 > 連載 > 「高ため」を黙読する授業第六回(2/6)

「高ため」を黙読する授業

(この連載は、機関誌『国語通信』1996年春号~1999年春号に掲載された文章を転載したものです。)
第1回 わたしのアンソロジー
第2回 密室をつくる
第3回 逆習シール
第4回 テキストを編集する
第5回 モーツァルトへの手紙
第6回 教室に風を入れる
服部左右一(はっとり・さういち)
愛知県立小牧高等学校教諭
元愛知県立小牧工業高等学校教諭
『高校生のための文章読本』編者
筑摩書房教科書編集委員
長年「表現」分野の指導メソッド開発に携わる。

第6回 教室に風を入れる
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2 ハットリ・メソッド

 ハットリ・メソッドとは、「高ため」黙読授業に対して前任校の小牧工業高校で同僚だった松川由博さんが付けてくれた名称である。

 三年前この方法を編み出して以来、わたしのまわりでも授業に取り入れる人が少しずつ出てきた。意見を交わしたり新しいアイデアを出しあったりするときにも名称があったほうが便利なので、命名してくれた松川さんに感謝の気持ちをこめて、この名称を使うことにした(この方法の成立とその後の授業展開のバリエーションについては『国語通信』のバックナンバー三四六、三四八~三五一号を参照してください)。

 ハットリ・メソッドを説明すると、生徒は「高ため」の文例を黙読して、

 ① 作者紹介を写す。(客観的知識)

 ② 本文(文例)の前のリードを写す。(編集者からのメッセージ)

 ③ 本文の中からもっとも気に入った箇所を三行以上写す。(作者からの声)

 ④ ③についての感想を一行以上書く。(読者のオリジナリティをちょっぴり)

 ⑤ 覚えたい漢字を一〇字書き出す。(ことばの学習)

 ⑥ 調べたい事柄・語句を書く。

 ⑦ 文例を五段階評価する。(自分流のマークを考えてランキングをつける)

の①~⑦の項目をレポートにして提出するというものである。

 第①段階は「作者紹介を写す」、第②段階は「リードを写す」である。はじめから眠りの王国に身を委ねている子にはこの仕掛けもなかなか威力を発揮しないが、抵抗する意志の持ち主には効き目がある。写すという緊張感と、それにともなう目と手の動きが脳の活動を刺激して眠りの発動を封じこめるのである。

 第③段階に入れば「本文の中からもっとも気に入った箇所を三行以上写す」のだから、文例のどこかで現在の自分自身を考えさせることばと直面することになる。第④段階は「③についての感想を一行以上書く」というものだ。ここではだれの助けも期待できない。現在の自分しか頼れない。眠たくても自分でやりぬくしかない。

 このハットリ・メソッドでも生徒たちは眠りの王国の支配と無縁ではないようだ。「さまざまな青春」を読んだ生徒たちのレポートからは、王国の誘惑と目の前の文例の世界との間で揺れ動く高校生の現在が浮かび上がってくる。「高ため」文例49・加藤保男「穂高に通う」を、同じ高校三年生の生活としてどのように受けとめたかを見てみよう。

 ③「二時間も眠ったろうか、叩き起こされた。『下るぞ!』と言っている。寝たばかりなのに……ほかの登山家もまだ寝ているのに……と思いながらもしぶしぶ身仕度を始める。」
 ④学校の授業中にねてもそんなに強く起こされないし、少し勉強がおくれるだけだが、山で眠るというのはヘタすると死ぬこともある。だから学校に通う僕たちと、穂高に通う「やっちゃん」とは同じ高三なのにちがっている。(H君)
 ③「ぼくは高校三年ということもあって受験勉強に励んだ。そんな十一月下旬のある日、山仲間たちが兄の店に集まり、そこにいたぼくに、山へ行かないかと誘ってくれた。ちょうど息抜きにいいだろうと思い、連れて行ってもらうことにする。」
 ④おいおい、受験生が息抜きに登山? 普通のハイキングなら、納得がいくけど、この文章は生か死かって位のレベルの登山ではないか。それでも、すごいと思う。私はRCC(ロック・クライミング・クラブ)なんてやってことはないから、どれほどすごいものか知らないけど、本当に生と死のせとぎわなんだろうな。エベレストに登るには想像もつかない程のお金がかかるのに作者は三度も挑戦している。どこにそんな金が……?(M君)
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