ちくまの教科書 > 国語通信 > 連載 > 「高ため」を黙読する授業第六回(3/6)

「高ため」を黙読する授業

(この連載は、機関誌『国語通信』1996年春号~1999年春号に掲載された文章を転載したものです。)
第1回 わたしのアンソロジー
第2回 密室をつくる
第3回 逆習シール
第4回 テキストを編集する
第5回 モーツァルトへの手紙
第6回 教室に風を入れる
服部左右一(はっとり・さういち)
愛知県立小牧高等学校教諭
元愛知県立小牧工業高等学校教諭
『高校生のための文章読本』編者
筑摩書房教科書編集委員
長年「表現」分野の指導メソッド開発に携わる。

第6回 教室に風を入れる
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3 青春多面体

 ハットリ・メソッドの良い点の一つは、人前では話さないおとなしい子でも気楽に表現できることである。授業中はもちろん、休み時間でもほとんど話さない子はけっこういるものだ。恥ずかしがり屋なんだなと思い込んでいると、意外や意外、はっきりと自分の意見をもったレポートを提出する(下図参照)。レイアウトも工夫されているし、逆習シール(『国語通信』第三四九号の「逆習シール」参照)の図柄も楽しんで取り組んでいる様子がうかがえる。第一〇章「さまざまな青春」の文例五作を通して充実したレポートが提出された。教室のうしろの方に座っていつも黙って授業を受けている生徒が、にわかに大きな存在になってきた。

 じっくり時間をかけてやる子もいる。原則的には一時間に一つの文例を読み進めていくことにしているが、授業の時間だけでは足りなくて授業後に提出したり翌日に提出する子がいる。これまでずっと親しんできた正解という一本の糸に導かれる思考では満足できないのだろう、渦巻いているいくつもの考えを思考の元素として文に作り上げる困難にたじろぐ一方で、その困難さを楽しんで受け入れているようにも見える。

 遅れて提出することが多いので、生徒にフィードバックする「断片を楽しむ」というプリントの編集に間に合わない。何回かそういうことが続いて「きみのをプリントのなかに入れたいのだが、編集に間に合わないので残念だ」と、わたしが言い訳したことがあったが、そのときも、これは自分のためにやっているんですからプリントにのらなくていいんですとの答えが返ってきた。

 みんながみんな同じ体温と速度で取り組めることなどない。前にも述べたことだが、レイアウトに命を賭ける子もいれば、気に入った部分を探すことで精一杯の子もいる。感想を書くことに燃える子もいれば、五段階評価の逆習シール作製が本命という子もいる。そういういろんな思いの青春多面体を作り出せるユトリが、この方法には許される。ユトリと言えばかっこうがよすぎるので、ユルミと言い直したほうがいいかもしれない。

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