第五回 和歌の表現の本質(二)
動詞に接続する枕詞、音を媒介とする枕詞枕詞は名詞を導くのが通例だが、動詞に接続するものもある。一例だけ示しておく。 玉櫛笥覆ふを安み明けて去なば君が名はあれど我が名し惜しも 〈口語訳〉 題詞には、藤原鎌足が鏡王女のもとに妻問いした際に、鏡王女が鎌足に贈った歌とある。まだ暗いうちに男は人目を避けて女のもとを辞去するのが当時の約束とされていたことが、この歌の前提にある。歌の後半部は、鏡王女が自分の都合だけを主張しているように見えるが、これが女歌(男の歌に対して、反撥・揶揄・切り返しなどの表現で応ずるのを特徴とする女固有の歌)の詠みぶりであり、これをそのまま女の真情とみてはならない。「玉櫛笥」は櫛箱で、「玉」は美称。当時は、立派な蓋つきの箱に櫛を収めた。櫛には女の魂が宿るから大切にされた。その櫛箱の蓋を覆うところから、動詞「覆ふ」に接続する枕詞となった。これなどは意味がわかりやすい。おもしろいのは、「玉櫛笥」は、「明けて去なば」にも接続しているように見えることで、その場合は蓋を開ける意を響かせていることになる。この例のように、動詞を導く枕詞には接続の理由を説明しやすいものが多い。 音を媒介に像を導き出す枕詞もある。『出雲国風土記』意宇郡条の「国引きの詞章」は、原初の出雲国を大きくするため、巨人神が周囲の国々から土地を切り取り、それを綱で引き寄せて縫い付けたとする語り言の記録だが、そこに土地を引き寄せる際の特徴的な詞章「霜黒葛 繰るや繰るやに(綱を手繰り寄せ手繰り寄せして)」が繰り返し現れる。「霜黒葛」は、霜に遭ったカヅラ(葛)の実で、その色が黒いので、動詞「繰る」の枕詞とした。「霜黒葛」の黒さを音で捉え直し、そこから同音の「繰る」を導き出している。このように音を媒介とする枕詞も見られるが、この場合も接続の理由はわかりやすい。
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