太宰治賞
第30回

2014/11/12

受賞の言葉

 このたびは栄えある賞を頂き、ありがとうございます。本作品が、選考の場で様々な観点から読んでもらうことができたこと、何より嬉しく思います。
 はじめに、小説を読むことだけで得られる感動がありました。この場合の感動とは、未知の体験で得られる感動です。驚き、と言い換えても良いかもしれません。そこで、いくつかの決定的な出会いがありました。そのような出会いは、自分も書いてみたいという、書き方、すなわちスタイルへのあこがれとなりました。ところが、小説を書き上げるには、スタイルだけでは足りませんでした。もはや限定的となってしまった私の小説観から距離を置かなければ、書き上げることは難しいと気づいたのです。まずは構成、次に主題、それらを推進力にして、ストーリーはでき上がりました。こうして、小説の基本かもしれない枠を、あらかじめ決めるようにしたところ、いくつかの作品を完成させることができるようになりました。けれども、書くこと、書き連ねていくことが、まるでちっとも、楽しくない作業になるのでした。
 思えば、私のあの決定的な出会いも、スタイル以前の、それらの小説が魅せる、計り知れない個性であった気がするのです。
 本作は、すでに書かれた言葉の連なりが、文体とともに、書きつつ読まれ、読まれつつ書かれるかのように、まるでそんなふうに、動力を得て、結末まで私を導いていってくれた初めての作品です。この瞬間、私は書くことと読むことの楽しさを同時に覚え、表現の喜びを知ることができました。
 さて、本作の主人公は、すべてを語り得るナレーターであると同時に、未知であるはずの世界を、疑い、用心しながら、しかし時に転がるように、あるいは好んで飛び込むかのように、わけのわからぬ世界に向かって、自らの語り語った言葉とともに歩いていかなければならない存在です。そういう意味において、私たちは立場を同じにしていましたが、果たして私は、彼女の最良の聞き手となれたのか、それは返せば、私は私の作品の、最良の読者となり得たのか、それがいかに難しいことかと、頭を抱えるのです。すでに既知となってしまった言葉の連なりに、どれほどの魅力があり、魅力ある小説を書くことができるのか。結局のところ、妄想と捏造を好む者は、読んで書いていくしかないようです。そして願わくば、書くことの新たな楽しみを見いだせればと思います。

井鯉こま

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