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「高ため」を黙読する授業

(この連載は、機関誌『国語通信』1996年春号~1999年春号に掲載された文章を転載したものです。)
第1回 わたしのアンソロジー
第2回 密室をつくる
第3回 逆習シール
第4回 テキストを編集する
第5回 モーツァルトへの手紙
第6回 教室に風を入れる
服部左右一(はっとり・さういち)
愛知県立小牧高等学校教諭
元愛知県立小牧工業高等学校教諭
『高校生のための文章読本』編者
筑摩書房教科書編集委員
長年「表現」分野の指導メソッド開発に携わる。

第5回 モーツァルトへの手紙
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5 カリグラフィー

 「姉への手紙」に接するうちに生徒たちの心にモーツァルトに対する友達感覚が芽生えてきたようだ。女子生徒にとっては一つか二つ年下のいたずら好きの弟って感じだ。

 かわいい! 十六才なのにこんなふうに手紙が書けるなんてさすが芸術家。大好きなお姉さんだったのかなぁ。こんな弟ほしい。(T)
 あたしはこんな弟がほしい! ラブリーベイビーだよ。(H)

 この友達感覚なら「友人モーツァルト君に、手紙を書いてみよう」(実は、これは『文章読本』の中で出題されている設問でもある。)までいけそうだ。モーツァルト君に負けてはいけないから、かれもびっくりするような表現上の工夫(カリグラフィー)をするようにと訴えて設問に取り組むことを指示した。

 そうなんだ。これはカリグラフィーの実習ではないか。表現の教科書の口絵にもアポリネールの「カリグラム」が掲載されているし、『わたしの作品集』でも書家石川九楊の作品「歎異抄 No.18」とともに設問として出題されているが、これまでの経験から言うと生徒たちの集中力があまり期待できなかった領域であった。過去に一、二度試みたが、どうもうまくいかず、それ以後は省略してきた。

 うまくいくかしら、不安がよぎるが、これまでに出されたレポートだってあれほど豊かな表現力を発揮するのだからそれぞれ得意のスタイルを考えだして挑戦するだろうと、生徒たちの柔軟さに期待して「モーツァルトへの手紙」に取り組んだ。

 あっ、そう、そう、この前提出された「姉への手紙」のレポートのなかに、モーツァルトの音楽を聴きたいとリクエストがあったことを思い出した。音楽を聴きながらモーツァルト君に手紙を書くのも悪くないね。みんなが知っている「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」をかけよう。さあ、レッツ、ミュージック。

 出てくるわ、出てくるわ、開けてびっくり玉手箱。いろいろなカリグラフィーが自由自在に飛び出した。モーツァルトに見習った渦巻き型から、CDのジャケット風、ドラえもんのどこでもドア、ト音記号型、五線譜に書いたおたまじゃくし型、鏡文字、アクロスティック、手形文字(手形の周囲に手紙が書かれている*上図参照)、迷路型(風船の迷路を辿ると手紙文になっている)、花びら型(花びらのなかに文面が納まっている)、などなどカリグラフィーの宝庫さながらの楽しい光景が見わたせる。

「手紙を書くのは久しぶりだけど、げんきそうだね。君の姉さんから手紙を見せてもらったよ。思わず二人で笑っちゃったよ。あいかわらずこまった奴だよ、君は。君の作った曲を没後二〇〇年のピアノ発表会で弾いたよ。曲はどれも品があってクールなのに本人はこんなにお茶目で変なんだよね。」(M)

てな調子で、軽妙にあの世とこの世の境界を乗り越える。

「今、何してますか? 土の中にうもってる? カワイソウニ 私は高校三年になりました。土の中にずーといるんですから、今はがい骨ですね。死んでいるから、肉があったって骨だけでも関係ないですね! 今、日本では夏ですけど、ヨーロッパはどーですか? 幼虫とかが成長して、土の中では今サミシイ時期ですか? 逆に虫はきらいですか? だって死んだら土の中にはいって虫のエサになるんですからキライでしょうね。授業でモーツァルトに手紙を書けって言ってるんですけど、だんだん自分が悲しくなってきました。それでは」(S)
「うんこ好きならもっとうんこ(マーク有り)らしい音楽を作りましょお、でもいいかもしれん、この人をおちょくったような主題(※世紀末に生まれた僕の感性ではそう聞こえる)う~ん、あんたが作っただいぶ後に録音された音源きいているんだけど、演奏者が悪い、たしかに上手くてきれいだけど、オルタナティヴ性が足りん、もっとミストーンとか入れてほしいよねー、ノイズとか、クラシックってそんなもんなの? 上流階級の道楽じゃないよね? あんたも貧困で死んだんだろ? 貧乏臭い音の方がかっこいいぜ~、演奏者の顔がうかんでくる、あ~なんかいやだ、くそくらえ、うらにつづく」(Y)

 紹介しだしたら切りがないほどの、十人十色の様々な手紙が書かれた。しかも一つ一つが図形と一体になったカリグラムになっていて、文字を写し取るだけではその魅力を伝えきれない。これまで定番になっていたのりとハサミの編集方法では太刀打ちでなくなった。そこで、手紙を丸ごとコピーしてB4版の用紙に二作ずつ載せることにして、総ページ五〇ページの回覧雑誌「勝負だ! モーツァルト!」(生徒の作品の中から拝借したタイトル)を一部だけ制作した。

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